ブライアン・ウルフ――ダルビッシュ移籍後の先発陣を支えた男“頼れる助っ人右腕”

歴史

2026年9月17日(本日)かつて北海道日本ハムファイターズで活躍したブライアン・ウルフ氏の訃報が伝えられた。45歳だった。

現在のファイターズファンにとっては、大谷翔平がプロ入りした頃の外国人投手として記憶している人も多いだろう。しかしウルフは単なる助っ人ではない。ダルビッシュ有がチームをけん引していた時代、そしてダルビッシュのメジャー移籍後も、日本ハムの先発ローテーションを支え続けた功労者だった。

中継ぎとして来日、そして先発へ

ウルフは2010年に北海道日本ハムファイターズへ入団した。当初は中継ぎとして期待されていたが、シーズン終盤に先発へ転向。すると持ち前の安定感を発揮し、チーム事情の中で重要な役割を担うようになった。

2011年には先発ローテーションに定着し、12勝11敗、防御率3.60を記録。ダルビッシュ有、武田勝、ボビー・ケッペルと並ぶ先発陣の柱として活躍した。さらに2012年には10勝、防御率2.66をマーク。ダルビッシュ移籍後の投手陣を支え、日本ハムのリーグ優勝と日本シリーズ進出に大きく貢献した。

派手さより安定感

ウルフの魅力は圧倒的な三振数ではなかった。

角度のある速球と丁寧な投球で試合を作るタイプで、大崩れが少なかった。特に被本塁打の少なさは特筆すべきで、2011年と2012年には規定投球回到達投手の中でリーグ最少の被本塁打数を記録している。

パワーカーブって言葉が浸透しだしたのこの頃だったですかね?

ウルフのイメージめっちゃ強いんですよね!今だとロッテに所属している石川投手ですかね!(^^)!

規定投球回をしっかりこなして2年間ローテーションを回してくれる助っ人って実は最近少ない気がしますよね、、、、

そういう意味でもめっちゃ大きい戦力ですよね!(*’▽’)

大谷翔平と同じユニフォームで

2013年はチームトップタイとなる9勝を挙げた。このシーズンは、後に世界的スターとなるShoheiOtaniさんのルーキーイヤーでもあったんですよね。

シーズン終了後に日本ハムを退団したが、その後もソフトバンク、西武でプレーし、日本球界で9年間活躍。NPB通算では56勝40敗、防御率3.43を記録した。

下記、ファイターズ時代のウルフ氏の成績(安定感抜群ですよね)

年度登板勝利敗戦投球回防御率WHIP
2010424362回1/33.031.27
2011261211150回3.601.31
201226109149回2.661.31
20132296130回3.051.28
4年間合計1163529491回1/33.101.30

ファイターズファンが忘れてはいけない存在

ファイターズの歴史を振り返ると、ダルビッシュや大谷のようなスーパースターが注目される。でも、やっぱり所属していた選手一人ひとりが今の球団を作り上げているし、それに魅了されて我々もファンしてるんですよね。ウルフは間違いなく一時代を築いた選手ですよ!

2011年の12勝、2012年の10勝。その一勝一勝がチームを支えていた。

We will always remember your strength, dedication, and the many victories you brought to the Fighters. Thank you, Brian. Rest in peace.

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