西川遥輝!盗塁王4回を誇る北のスピードスター~エピソード3選~

選手情報

こんにちは!

今回紹介するのは、ファイターズの背番号7、西川遥輝選手です!

いや、まさかもう一度ファイターズのユニフォームを着たハルキを見られるとは思いませんでしたね~(´;ω;`)

ブログ始めた時期が変な時期だったので、一軍復帰記念という事で書いていこうと思います。

中島卓也選手の記事を書きながら、2015年、2016年ごろのファイターズをいろいろと思い出していたのですが、あのころのファイターズ打線を語るうえで、やっぱり西川遥輝選手は外せません。

塁に出る。

相手投手を揺さぶる。

そして、気がついたら次の塁にいる。

そんな北のスピードスターが、5年ぶりに帰ってきました!西川遥輝選手は2021年までファイターズに在籍し、楽天、ヤクルトを経て、2026年から再びファイターズでプレーしています。背番号も、かつて背負っていた「7」です。

西川遥輝選手といえば、

  • 相手バッテリーにプレッシャーを与える走塁技術
  • 一瞬の隙を逃さない盗塁技術と俊足
  • 四球を選べる高い選球眼
  • 広い守備範囲を誇る外野守備
  • 試合の流れを変える勝負強さ
  • 球場の空気を変える華のあるプレー
  • 卓さんとしのぎを削った彼氏にしたいランキングで上位に入るほどのイケメンフェイス

そんな「試合を動かす力」「華やかさとスター性」を持った選手です。

この記事では、西川遥輝選手のプロフィールや高校時代、甲子園での活躍、プロ入りまでの道のり、4度の盗塁王に輝いた走塁技術、そして5年ぶりのファイターズ復帰について紹介します!

※プロフィールおよび成績は、2026年9月15日時点の公開情報を基にしています。2026年シーズンは終了していないため、成績は今後変わる可能性があります。

目次

  • 西川遥輝選手プロフィール
  • 高校時代と甲子園出場歴
  • 盗塁王4回を支えた走塁技術
  • 2016年の日本一とキャリアハイ
  • 楽天、ヤクルトへの移籍
  • 5年ぶりのファイターズ復帰
  • まとめ
  • ひとりごと 
  • 出典・参考

西川遥輝選手プロフィール

項目内容
名前西川 遥輝
生年月日1992年4月16日
年齢34歳(2026年9月現在)
出身地和歌山県
身長・体重181cm・82kg
投打右投左打
ポジション外野手
出身高校智辯和歌山高校
ドラフト2010年ドラフト2位
プロ初出場2012年3月30日
背番号7
主なタイトル盗塁王4回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞4回
在籍球団日本ハム、楽天、ヤクルト、日本ハム

西川遥輝選手は、智辯和歌山高校から2010年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズに2位指名され、プロ入りしました。

2011年から2021年までファイターズに在籍した後、2022年から2023年まで楽天、2024年から2025年までヤクルトでプレー。そして2026年、5年ぶりにファイターズへ復帰しました。 正直、ノンテンダーになった時(太田選手、秋吉選手と共に)の衝撃は計り知れませんでしたね。

ただ、個人的にはファイターズ以外の球団で経験をして、若い外野手のお手本になっている西川選手を陰ながら応援していたので、復帰ってなった時は本当に嬉しかったですね!(#^.^#)

主なタイトルは、2014年、2017年、2018年、2021年の盗塁王。さらに2016年と2017年には外野手部門のベストナイン、2017年から2020年までは4年連続でゴールデングラブ賞を受賞しています。

タイトルだけを並べてもすごいのですが、

盗塁王4回

ベストナイン2回

ゴールデングラブ賞4回

という実績は、走塁だけでなく、打撃と守備でもリーグを代表する選手だったことを示しています。

NPB一軍通算成績

試合安打本塁打打点盗塁打率出塁率
1,5511,43564457345.271.372

※2026年9月15日終了時点

長年リードオフマンとして出塁と走塁を担ってきたことが分かる数字です。

高校時代と甲子園出場歴

西川遥輝選手の出身高校は、和歌山県の強豪・智辯和歌山高校です。

中島選手は甲子園に出場していませんでしたが、西川遥輝選手は高校時代から全国の舞台で注目を集めていた選手でした。

ちなみに個人的な推し選手である「細川凌平選手」と同じですね!(‘◇’)ゞ

甲子園には何回出場した?

西川遥輝選手は、智辯和歌山高校時代に春夏合わせて4度、甲子園へ出場しています。

  • 2008年夏
  • 2009年夏
  • 2010年春
  • 2010年夏

1年生だった2008年夏から甲子園のメンバーに入り、チームはベスト8へ進出。大会直前に手を負傷していたものの、主に「9番・三塁手」として出場し、13打数6安打を記録しました。準々決勝では2打席連続三塁打を放つなど、1年生とは思えない活躍を見せています。

1年生で名門・智辯和歌山のレギュラー。

しかも、甲子園でしっかり結果を残す。

今振り返っても、とんでもない高校生ですよね(笑)。

高校時代はケガに悩まされた時期もありましたが、走攻守の総合力や高い打撃技術を評価され、2010年のドラフト候補となりました。

盗塁王4回を支えた走塁技術

西川遥輝選手は、これまでに4度の盗塁王を獲得しています。

年度盗塁数
2014年43
2017年39
2018年44
2021年24

特に2018年は44盗塁に対して盗塁刺がわずか3。

単純計算で盗塁成功率は9割を超えています。

足が速くても、スタートが遅ければ盗塁は成功しません。

足の速さだけで考えると球界トップクラスのサニブラウン五十幡選手は2025年の盗塁成功率は71.4%です。

西川遥輝選手は、

  • 投手のフォームやクセを見る力
  • けん制を見極める判断力
  • スタートの反応
  • 短い距離で一気に加速する力
  • 滑り込む技術
  • アウトになる場面では無理に走らない判断

こうした能力を高いレベルで持っていたからこそ、何度も盗塁王を獲得できたのだと思います。

2021年には通算300盗塁を達成。

2026年9月15日時点では通算345盗塁まで記録を伸ばしています。

中島卓也選手とのコンビも忘れられません。

9番の中島卓也選手が出塁し、1番の西川遥輝選手につながる。

あるいは、2人が続けて出塁し、足を使って相手バッテリーをかき乱す。

ファイターズファンにとっては、あの「卓とハルキ」の並びがたまらなかったですよね(*’▽’)!

2016年の日本一とキャリアハイ

西川遥輝選手のファイターズ時代を語るうえで、絶対に外せないのが2016年です。

この年は138試合に出場し、

  • 打率.314
  • 155安打
  • 5本塁打
  • 43打点
  • 76得点
  • 41盗塁
  • 出塁率.405

という成績を記録しました。

打率.314は現在までの自己最高。

さらに41盗塁、出塁率.405を記録し、外野手部門のベストナインにも選出されました。

そしてチームは、最大11.5ゲーム差をひっくり返してパ・リーグ優勝。

日本シリーズでも広島を破り、10年ぶりの日本一に輝きました。

大谷翔平選手や中田翔選手、レアード選手らに注目が集まりましたが、その強力打線へチャンスをつないでいたのが西川遥輝選手です。

一番打者として塁に出て、走って、ホームへ帰ってくる。

2016年に記録した76得点という数字からも、得点の起点として打線を支えていたことが分かります。

個人的には、2016年の西川遥輝選手が「最強のハルキ」だったと思っています!

異論は認めます(笑)。

楽天、ヤクルトへの移籍

西川遥輝選手は2021年シーズン終了後にファイターズを退団。

2022年から楽天でプレーし、2024年にはヤクルトへ移籍します。

2022年は楽天で108試合に出場し、7本塁打、37打点、19盗塁。2024年にはヤクルトで113試合に出場し、打率.260、10盗塁、出塁率.350を記録しました。

パ・リーグからセ・リーグへ。

慣れ親しんだファイターズを離れ、異なる環境でプレーする姿は、少し不思議な感じもありました。

対戦相手として西川遥輝選手を見るのは、ファイターズファンとしてかなり複雑でしたよね。

楽天のユニフォームを着たハルキが塁に出ると、

「走らないでくれ!」

と思いながらも、

「でも、ちょっと走るところを見たい……」

という、何とも言えない気持ちになった方も多かったのではないでしょうか(笑)。

5年ぶりのファイターズ復帰

2025年12月2日、北海道日本ハムファイターズは西川遥輝選手との入団合意を発表しました。

同年12月8日に行われた入団会見では、背番号が「7」に決定。

2016年から2021年まで背負った番号で、5年ぶりにファイターズのユニフォームへ袖を通しました。

球団公式発表によると、西川遥輝選手はヤクルトから戦力外通告を受けた際、「最後に野球をやるとしたらファイターズしかない」と考えていたことを明かしています。

これはファイターズファンとして、うれしすぎる言葉ですよね(T_T)

一度チームを離れ、別の球団でさまざまな経験をして、もう一度北海道へ帰ってくる。

昔とまったく同じ立場ではないかもしれません。

それでも、ファイターズのユニフォームを着て、背番号7でグラウンドに立つ。

それだけで胸が熱くなります。

2026年4月4日のオリックス戦では、復帰後初本塁打となる3ランホームランを記録。慣れ親しんだファイターズのユニフォームで、再び一軍の舞台でホームランを放ちました。

新庄監督のモデルチェンジを期待した、打撃意識も強い打球に繋がるといいですね~

2026年9月15日時点では19試合に出場し、打率.196、1本塁打、5打点、2盗塁、出塁率.373を記録しています。出場試合数は限られていますが、46打数に対して11四球を選んでおり、出塁能力は健在です。

若い選手が増えた現在のファイターズで、経験豊富な西川遥輝選手がどのような役割を果たしていくのか。

試合での活躍はもちろん、走塁や打席での考え方を若手へ伝える役割にも期待したいですね!

印象的なエピソード

1.日本一へ王手をかけた、2016年日本シリーズのサヨナラ満塁ホームラン

西川遥輝を代表する一打といえば、2016年10月27日に札幌ドームで行われた日本シリーズ第5戦でのサヨナラ満塁ホームラン。

広島との対戦成績が2勝2敗で迎えた重要な一戦。日本ハムは初回に先制を許したものの、7回に岡大海の犠牲フライで同点に追いついた。試合は1対1のまま9回裏へ進み、日本ハムは2死満塁という絶好の場面を迎える。打席に入ったのが、ハルキ。

相手は広島の守護神、中﨑翔太。2球目の高めに浮いたストレートを思い切り振り抜き、打球を右翼スタンドへ運んだ。日本ハムは5対1でサヨナラ勝ちを収め、10年ぶりの日本一へ王手をかけた。

この場面をより劇的にしたのが、西川のシリーズ中の不振だった。本塁打を放つまで20打数2安打、打率1割と苦しみ、第1戦のあとには18打席連続無安打を記録していた。決して絶好調の選手が勢いのまま打った一発ではなく、苦しみ続けた末に生まれた一打だった。

さらに、直前には岡が死球を受け、両軍がベンチから出る緊迫した状況になっていた。西川は、その場面を見て「燃えるものがあった」と振り返っている。中﨑がストレートで勝負してくると冷静に読み、狙っていた球を一振りで仕留めた。

この一発は、日本シリーズ史上2人目となるサヨナラ満塁ホームラン。2016年の日本一を語る際はもちろん、勝負強さと長打力を備えていた西川を象徴するシーンとして、今もファンの記憶に残ってるエピソードでしょう。ヒロインでのハルキがカッコよすぎて鳥肌立ったの覚えてます。(笑)

2.突然の転機となった「ノンテンダー」による日本ハム退団

大きな転機が訪れたのは2021年オフだった。

2021年11月16日、日本ハムは西川、大田泰示、秋吉亮の3選手に対し、2022年度の契約を提示せず、契約保留の手続きを行わないと発表した。球団はこの措置を「ノンテンダー」と表現したが、NPB上の扱いでは球団の保留権を外れ、選手が自由に他球団と交渉できる自由契約だった。「ノンテンダー」はNPBでは聞きなれませんが、MLBでは頻繁にされることみたいです。

2016年の日本一に貢献し、2021年にも自身4度目となる盗塁王を獲得。それだけに、翌年の契約が提示されなかったことは、当時衝撃が走った方も多いはず。

球団は、選手が取得したFA権を尊重して制約のない状態で移籍先を探せるようにすること、そして日本ハムとの再契約の可能性も閉ざしていないことを説明していた。

西川は後年、大田泰示と秋吉亮への通告を知っていたため、ある程度の覚悟はしていたものの、「ここまであっさりか」という気持ちがあったと振り返っている。

華やかな実績を持つ選手であっても、プロ野球の世界では突然、立場を失うことがある。ノンテンダーによる退団は、ハルキの印象的なエピソードの一つでしょう。(帰ってきてくれてよかった、、、)

3.若手に惜しみなく伝えた「西川メソッド」

移籍したヤクルトでは、自身が長年培ってきた走塁や身体づくりの知識を若手へ伝える、兄貴分としての一面も見せた。

その代表例が、俊足外野手の岩田幸宏選手。岩田は西川に弟子入りし、オフの自主トレーニングに参加。坂道や砂浜でのダッシュに加え、重りを使用した瞬発力の強化や筋肉量を増やすメニューなどに取り組んだ。シーズンに入ってからも、西川が組んだメニューを遠征先で継続するというベテランの仕事をしていた。

西川が伝えようとしたのは、単に決められた練習をこなす方法ではなく、「けがをしないためのメニュー」を渡すのではなく、選手自身が身体と向き合い、「どうすればけがを防げるのか」を考えられるようにすることを重視していた。

岩田は前年、腰痛の影響で試合中もコルセットを使用していたが、西川とのトレーニングを経て、翌年にはコルセットなしでプレーできるようになったと報じられた。岩田は西川について、「全て俺のためを考えてくれている」と語っているように、成績だけではない若手指導をしていた事に、ファンとしてはうれしいですよね。

また、ヤクルトでは若手へ走塁技術を教えるだけでなく、試合中にも状況に応じたアドバイスを送っていたと球団関係者が証言しています。グラウンドに立って結果を残すだけでなく、試合の流れや相手の動きを若手に伝える、いわば選手兼走塁コーチのような役割もこなしていたみたいです。この実績があれば、現役を引退したあともすぐコーチで引っ張りっだこになるんじゃないですかね~!!

日本ハム時代はチームを引っ張るリードオフマンだった西川が、キャリアを重ねたヤクルトでは、自らの経験を次の世代へ伝承する「西川メソッド」は、トレーニング方法だけを意味する言葉ではない。プロとして長く戦うための考え方や準備まで含めて後輩に伝えた、西川の新しいリーダーシップを表すエピソードだと思います!

ひとりごと

ハルキに関しては、書きたいこと多すぎるな。ノンテンダーで退団になった時は、ホンマにショックやったのを覚えてる。でも、あの時は栗山監督政権が長すぎて、ダレていた感じもあったし、中田翔氏の事もあってチームを再編するには大きな改革をしないといけない中での判断やったんやと思う。そんな別れの形やったのに「最後はファイターズで」って言ってくれたハルキには感謝しかない。色々球団に思う事はある中でそういう決断をしてくれたんは、感謝しかな!!ベテランに差し掛かって、全盛期みたいな守備範囲、走力ではないかもしれへんけど、間違いなく大切な戦力。今まで、積み上げてきたものがありながら新庄監督にモデルチェンジを提案されて、受け入れて強いスイングスタイルに変えたあたりとか、必死に野球をしているのがホントに素敵よな。2026年のCS突破のカギになるんじゃないかと個人的には予想してる(笑)

遥かに続いた道を輝くその日まで 走り抜けてほしいですね!!

ほな、また!次の記事で会いましょう!!

出典・参考

  • NPB公式「西川遥輝 個人年度別成績」
  • 北海道日本ハムファイターズ公式「西川遥輝 選手名鑑」
  • 北海道日本ハムファイターズ公式「西川遥輝選手との契約について」
  • 北海道日本ハムファイターズ公式「西川遥輝選手が5年ぶり復帰!背番号『7』に決定」
  • 北海道日本ハムファイターズ公式「移籍後初本塁打」
  • 甲子園台帳「西川遥輝 甲子園記録」

※プロフィールおよび一軍成績は2026年9月15日時点の公開情報を基にしています。2026年シーズン終了前のため、最終的な成績は今後変わる可能性があります。また、掲載前には各公式サイトで最新情報をご確認ください。

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